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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)2872号 判決

昭和三九年(ワ)第二、八七二号事件原告

同年(ワ)第八、七二七号事件被告(以下、単に原告という) 渡辺恵子(旧姓 堀恵子)

右訴訟代理人弁護士 坪田潤二郎

昭和三九年(ワ)第二、八七二号事件被告

同年(ワ)第八、七二七号事件原告(以下、単に被告という) 堀内良住

右訴訟代理人弁護士 手塚武義

堀内圀

昭和三九年(ワ)第二、八七二号事件被告(以下、単に被告という) 青山喜太郎

右訴訟代理人弁護士 野島武吉

野島良男

主文

(一)  原告が東京地方裁判所昭和三八年(ケ)第九八〇号不動産競売事件において、元金六〇万円およびこれに対する昭和三八年五月一日以降配当に至るまで日歩金三銭の割合による金員の請求権(但し、配当の日が昭和四〇年五月一日以後になった場合は、右日歩金三銭の請求権の金額は、配当の日を基準とした最後の二ヵ年分とする)につき、被告らに優先して配当を受ける権利を有することを確認する。

(二)  被告堀内の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用中、併合前の昭和三九年(ワ)第八、七二七号事件について生じた部分は被告堀内の負担とし、その余の訴訟費用は被告両名の負担とする。

事実

第一、昭和三九年(ワ)第二、八七二号事件における当事者の申立および主張

一、(申立)

原告訴訟代理人は、「昭和三八年(ケ)第九八〇号不動産競売事件につき、原告は被告らに優先して配当を受ける権利を有することを確認する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、

被告らの訴訟代理人は、それぞれ「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、(原告渡辺の請求原因)

(一)  原告は、昭和三六年一二月四日訴外黒沢秀光に対し、金六〇万円を弁済期の定めなく、利息日歩金三銭毎月末日払とする約定で貸与し、右債権担保のため、同日右訴外人の妻黒沢君子から、その所有に係る別紙第一目録記載の本件建物に抵当権の設定を受け、同年同月二一日右抵当権設定の登記を経由した。

(二)  その後右建物について、

(1) 被告堀内は昭和三七年三月二九日受付をもって、同年同月同日付根抵当権設定契約に基き、債権極度額を金四〇万円とする根抵当権設定の登記を、

(2) 被告青山は、昭和三八年二月八日受付をもって、同年同月五日金銭消費貸借による抵当権設定契約に基き、元金四三万五、〇〇〇円の債権のため抵当権設定の登記を

各経由した。

(三)  ところで、本件建物については、被告堀内の申立により昭和三八年一二月一二日東京地方裁判所において競売開始決定がなされ(同庁昭和三八年(ケ)第九八〇号)、手続進行の結果第三者が競落し、同庁においては、昭和三九年九月一〇日、別紙第二目録記載の如き「売却代金交付計算書」を作成し、右計算書記載のとおり配当を実施することになった。

(四)  しかして右計算書にも記載されているとおり原告の黒沢秀光に対する前記貸金については、さきに同人から昭和三八年四月末日までの利息の支払があっただけで、元金およびその後の利息は未払になっているので、本件建物の競売代金の配当に当っては、原告は被告らに優先する先順位抵当権者として配当を受ける権利を有するところ、被告らはこれを争うので、原告が右優先配当を受ける権利を有することの確認を求めるため本訴請求に及んだ。

三、(被告らの認否および抗弁)

(一)  原告の請求原因(一)ないし(三)記載の事実は全部認める。

(二)  抗弁

本件建物に対する原告の抵当権の登記は、その後昭和三七年二月二日受付をもって、債務の弁済を原因としてその抹消登記手続がなされているから、もはや原告には抵当権者として優先配当を受ける権利はない。

しかして右抵当権抹消登記の経緯は次のとおりである。すなわち、黒沢君子の夫黒沢秀光は、昭和三七年一月末頃原告方に利息を持参してこれが支払をしたが、その際、原告に対し「さらに他より金借する必要があるので、原告の抵当権の登記を抹消して貰いたい」旨懇請し、原告からその承諾を受けた。そして黒沢秀光は、同日、原告に対する前記抵当権債務の支払に代えて、原告に宛て金額六〇万円、満期および振出日いずれも空欄、振出地および支払地いずれも東京都大田区なる約束手形一通を振り出し交付すると共に、原告から抵当権抹消登記に必要な委任状の交付を受け、適法に原告の抵当権の抹消登記手続をしたものである。

したがって、原告がその後も本件建物に抵当権を有することを前提とする原告の本訴請求は失当である。

四、(被告らの右抗弁に対する原告渡辺の主張)

被告らの抗弁事実中、本件建物に対する原告の抵当権の登記が、被告ら主張の日に、弁済を原因として抹消されている事実は認め、その余の事実は否認する。

右抵当権の抹消登記手続は、黒沢秀光および黒沢君子が、原告不知の間に不法になしたものである。しかして、このような不法の抹消登記は、法律上当然無効であるから、原告は依然右抵当権をもって第三者に対抗し得るものというべきである。

第二、昭和三九年(ワ)第八、七二七号事件における当事者の申立および主張

一、(申立)

被告堀内の訴訟代理人は、「別紙第一目録記載の建物に対し被告堀内が訴外黒沢君子との根抵当権設定契約に基き、債権元本極度額を金四〇万円とする順位第一番の根抵当権を有することを確認する。訴訟費用は原告渡辺の負担とする。」との判決を求め、

原告渡辺の訴訟代理人は、「被告堀内の請求を棄却する。訴訟費用は被告堀内の負担とする。」との判決を求めた。

二、(被告堀内の請求原因)

(一)  被告堀内は、昭和三七年三月二九日、黒沢君子との契約により同人所有の本件建物について債権元本極度額を金四〇万円とする根抵当権の設定を受け、即日これが登記を経由した上、同人に対し同日金三二万円、同年五月三日金九万六、〇〇〇円以上合計金四一万六、〇〇〇円を貸与した。

(二)  しかるに黒沢君子は弁済期に右債務を弁済しなかったので被告堀内は右抵当権実行のため昭和三八年一二月一一日東京地方裁判所に本件建物の競売申立をなし、競売手続進行の結果、第三者が競落し、同庁においては、昭和三九年九月一〇日競落代金を配当することになり、右配当のため別紙第二目録記載の如き「売却代金交付計算書」を作成した。

(三)  しかして右「売却代金交付計算書」によれば、本件建物について原告は、黒沢秀光および黒沢君子との昭和三六年一二月二一日付契約による元金六〇万円の貸金債権の担保として、被告堀内の抵当権に優先する抵当権を有する旨記載されている。

しかし(1)、本件建物に対する原告の抵当権の登記は、昭和三七年二月二日受付をもって、債務の弁済を原因として適法に抹消登記手続がなされており、原告は、すでに抵当権を有しないものである。尤も(2)、原告は、その後昭和三九年二月一三日御庁に対し、右抹消登記は黒沢君子によって不法になされたものであるという理由で回復登記の仮登記仮処分命令を申請して右命令を受け、これに基き同年二月一八日本件建物につき抵当権回復の仮登記を経由したけれども、かかる未確定の仮登記上の権利を有するにすぎない原告は、未だ本件建物の売得金から優先配当を受ける権利を有しないものである。

(四)  要するに本件建物については、原告はなんら被告堀内に優先する抵当権を有せず、被告堀内が第一順位の抵当権者として何人にも優先して配当を受けるべき地位にあるものである。しかるに原告は被告堀内が第一順位の抵当権者であることを争うので、これが確認を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

三、(被告堀内の請求原因に対する原告渡辺の答弁)

被告堀内の請求原因(一)および(二)記載の事実は全部認める。

同(三)のうち、本件建物に対する原告の抵当権の抹消登記手続が適法であったという点、および原告が抵当権ないし優先配当を受ける権利を有しないという点は、いずれも否認し、その余の事実は認める。

原告の抵当権の抹消登記手続は、黒沢秀光および黒沢君子が原告不知の間になした不法のものである。それ故、原告は依然自己の抵当権を第三者に対抗できる次第であって、しかも右抵当権は被告堀内の抵当権より先順位であるから、被告堀内が第一順位の抵当権を有することの確認を求める同被告の本訴請求は失当である。

第三、両事件における証拠関係≪省略≫

理由

第一、(昭和三九年(ワ)第二、八七二号事件に対する判断)

(一)  原告が昭和三六年一二月四日訴外黒沢秀光に対し金六〇万円を、弁済期の定めなく、利息日歩金三銭毎月末日払とする約定で貸与し、その担保として右訴外人の妻黒沢君子から、その所有に係る別紙第一目録記載の本件建物に抵当権の設定を受け同月二一日右抵当権設定の登記を経由したこと、その後本件建物について被告堀内および被告青山が、それぞれ原告主張の日にその主張の如き後順位の抵当権の設定を受け、その登記を経由したこと、次いで本件建物について原告主張のような競売の手続がなされ、(東京地方裁判所昭和三八年(ケ)第九八〇号)、同庁において昭和三九年九月一〇日別紙第二目録記載のような「売却代金交付計算書」を作成し、右計算書記載のとおり配当を実施することになったこと、一方、本件建物に対する原告の抵当権設定の登記は、昭和三七年二月二日受付で、弁済を原因としてその抹消登記手続がなされていること、以上の事実については当事者間に争がない。

(二)  そこで右原告の抵当権設定登記の抹消登記手続が、果して適法になされたものかどうかについて判断する。

証人黒沢秀光は、右抹消登記手続の経緯に関し、恰かも被告らの主張(前掲事実摘示第一、三の(二)参照)に副うような供述をしているが、同証人の証言中、右供述部分および後段の各認定に牴触する部分は、後記各証拠と対比して措信できない。また乙第六号証の二(委任状)の原告関係部分のうち、原告の署名捺印および不動文字の部分の成立は争がないけれども、原告本人尋問の結果によれば、同証中、その余の部分は原告の意思に基かず、無断記入されたものであることが明らかであるから、同証は未だ被告ら主張の事実を証すべき資料とすることを得ない。その他被告ら提出に係るすべての証拠を検討してみても、後記各証拠と対照するときは、未だ、原告の本件債権が弁済より消滅した事実、ないし原告の前記抵当権設定登記の抹消手続が原告の意思に基いてなされたものである事実を認めるに足りない。

かえって、≪証拠及び証拠判断省略≫を総合すれば、原告の黒沢君子に対する債権は、昭和三八年四月末日までの利息の支払があっただけで、元金およびその後の利息については全然弁済された事実のないこと、並びに原告の本件建物に対する抵当権設定登記の前記抹消登記手続は、原告不知の間に、黒沢秀光が無断でしたものであること、

を各認定するに十分である。

(三)  しかして右認定によれば、本件建物に対する原告の前記抵当権の登記は、実体上その抹消原因がないのに第三者が不法にその抹消登記手続をしたものであることが明らかであるから、登記に公信力のない現行法の下においては、右抹消登記は法律上その効力を生ずるに由なく、原告は、右抹消登記のなされた後においても、依然、自己の抵当権をもって、後順位抵当権者たる被告らその他の第三者に対抗し得るものというべきである。しからば、原告はその主張に係る本件競売事件において、その売得金のうちから、被告らに優先して配当を受ける権利を有しかつその優先配当を受くべき債権の範囲は主文第一項記載のとおりであるといわなければならぬ。(民法三七四条参照)。それ故、原告の右権利を争う被告らに対し、右権利の存在の確認を求める原告の本訴請求は、正当として認容すべきである。(なお、原告が本訴請求趣旨において求める判決は、主文第一項とその文言において一致しない点があるが、本件口頭弁論の全趣旨によれば、原告の求めているところは、結局、主文第一項と同趣旨に帰着するものであることが明らかである)。

第二、(昭和三九年(ワ)第八、七二七号事件に対する判断)

被告堀内は、「本件建物に対する原告の抵当権設定登記は、すでに抹消されているから、原告はもはや抵当権者でなく、被告堀内が第一順位の抵当権者である」旨主張する。しかし原告の抵当権設定登記の抹消登記は、黒沢秀光が無断不法になしたものであって、法律上効力がなく、原告は依然自己の抵当権をもって、後順位の抵当権者たる被告らに対抗し得る関係にあることは、すでに前記昭和三九年(ワ)第二、八七二号事件について説示したとおりである。それ故、右と異なる見解に立脚する被告堀内の前記主張は採用できない。

さらに被告堀内は、「原告は未だ抵当権抹消の回復登記を経由しておらず、単にその仮登記をしているにすぎないから、優先配当を受ける権利を有しない」旨主張する。しかし原告が本件抵当権につき前記のように対抗力を有するのは、その抹消登記が無効である関係上、従前の原告の抵当権設定登記の効力が引き続き存続しているために外ならないのであって、なんら回復登記をまって初めて対抗力が復活するという関係ではないのである。つまり、原告の前記抵当権の対抗力は、回復登記の有無によって別段消長のあるべきものではない。(したがって、本件の関係では、原告のなした回復登記は、むしろ蛇足とみるべきである。)それ故、原告が未だ回復登記を経ていないことを理由として原告の抵当権に優先権がないとする被告堀内の前記主張は採用し難い。

したがって、原告が本件建物について対抗力のある抵当権を有しないことを前提として、被告堀内が本件第一順位の抵当権者である旨の確認を求める同被告の請求は理由がないものというの外ない。(なお本件においては、被告堀内が本件建物について後順位の抵当権を有することは明白であるが、しかしこの点は原告において全然争っていないところであるばかりでなく、同被告としては、専ら自己が第一順位の抵当権を有することの確認を求める意思であって、なんら自己が後順位の抵当権を有することについてまで確認を求める意思でないことは、弁論の全趣旨に照らし明白である。それ故、本件においては、被告堀内が後順位の抵当権を有する旨の確認判決をする余地もない。)

第三、(結論)

以上説示のとおりであるから、原告の本訴請求を認容し、被告堀内の請求はこれを棄却することとし、訴訟費用につき、民訴八九条、九三条一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 土井王明)

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